★KIKOがお勧めしたい絵本の世界★

年間200冊読んで、人にお勧めしたいと思った絵本を紹介します♪

ハリーのセーター

 

ハリーシリーズのファンです(*^^)v

 

黒いぶちのある白いいぬのハリーは、おばあちゃんから、

 

バラ柄のセーターをプレゼントされました。

 

でもハリーはバラ柄がお気に召さないようで・・・

 

家族と一緒にセーターを着てさっそくお散歩にいくものの、

 

他の犬にもワンワン笑われて、不機嫌なハリー。

 

デパートに着くと、ハリーのセーターを脱がせ、ハリーの口にくわえさせました。

 

ハリーはそうだ、このセーターをどこかに捨ててしまおうと考えました。

 

ペットショップに捨ててみると、店員さんがセーターを持って追いかけて来ます。

 

食品売り場でそっとセーターを捨ててみると、今度は親切なおばさんが拾って

 

くれました。

 

花屋さんのバラの植木鉢にそっと隠しましたが、小さな男の子が見つけて

 

追いかけて来ました。

 

ハリーにあきれた家族は、またバラ柄のセーターをハリーに着せました。

 

ハリーはトボトボ落ち込んで歩いていると、セーターのはしから、

 

長い毛糸が一本垂れているのを見つけました。

 

ハリーはひっぱてみると、するすると糸がほどけて長くなっていきます。

 

空からそれを見ていた鳥が、ハリーのセーターの毛糸をくちばしで

 

くわえると空高く飛んでいきました。

 

スルスルと、みるみるうちにセーターの面積が小さくなっていき、

 

あとかたもなくなってしまいました。

 

ハリーはうれしくなりました。

 

家に帰ると、おばあちゃんから手紙が来ていました。

 

今度おうちに遊びにいきますと書いてあります。

 

ハリーにセーターを着せたところを見せようと家族は思っていましたが、

 

セーターがどこにも見つかりません。

 

みんなで家中を探しますが、セーターの行方をしっているのはハリーだけ。

 

おばあちゃんが来ると、ハリーはお散歩をせがみ、

 

外へ連れ出します。

 

そして、大きな木の下に連れていくと、しっぽをぶんぶん振って吠えました。

 

なんとその木の上にバラ柄のセーターでできた鳥の巣があったのです。

 

みんな驚きました。

 

おばあちゃんは、ハリーに新しいセーターをプレゼントしました。

 

今度は、どんなセーターだったのでしょう。

 

ハリーは犬ですが、いつもこの犬であるハリーに、私たち読者は共感して、

 

読んでいるように思います。

 

子ども目線だからこそ、子どもが夢中になる絵本なのだと思います。

 

人間らしくって、ユーモラスで、どんないたずらをしても、

 

どこか憎めないハリー。どのシリーズもクスっと笑える楽しい絵本です(*^-^*)

 

【文:ジーン・ジオン 絵:マーガレット・ブロイ・グレアム 訳:わたなべしげお

 出版社:福音館書簡】

 


ハリーのセーター (世界傑作絵本シリーズ)

 

 

 

せかい いち おおきな うち  *レオ=レオニ

 

いつか、大きな家に憧れているかたつむりの子。

 

世界一大きくて、カッコよくて、立派で、美しい家に住むのが夢。

 

お父さんは、家は小さい程いいぞと、かたつむりの子にある昔話を聞かせます。家

昔大きなお家に憧れたかたつむりが、どんどん自分の家を大きくしていき、

 

他にはない突起のあるデザインの家になり、さらに祈っていると、

 

カラフルなサーカスのような家になり、世界にたったひとつのおうちができました。

 

ある日、食べるキャベツがなくなり、みんなが次のキャベツへお引越しをはじめると、

 

その大きな家を持ったカタツムリだけ、あまりに家が大きすぎて、重すぎて、

 

一歩も進むことが出来ずに、食べるものがなくなり、そのまま消えてなくなってしまいました。

 

あんなに立派で美しかった家も壊れ、崩れてしまったというお話をお父さんから聞いたて、

 

かたつむりの子は、涙が止まりませんでした。

 

かたつむりの子は、本来素晴らしい家とは何か?をお父さんから教わります。

 

大きくて、立派で美しいものに価値を置いていた子が、

 

身の丈に合った新しい価値に気づくストーリー。

 

本当の幸せとは何か?

 

大きなものを持っていることが幸せなのか?

 

人間も両の手を合わせても二本。その二つの手のひらに掴めるもの、

 

背負えるものは限られています。

 

自分に持ちきれないものを、たくさん持っていても、かえって身動きが取れなくなって

 

しまうのかもしれません。

 

行きたいところへ、行きたい時に行き、見たいものを見て、

 

会いたい人に会い、美味しいものを食べ、当たり前のようにある、

 

側にある小さな幸せこそが、大きな幸せなのだと問いかけてくれる一冊です。

 

子どもの価値観が形成される前に、いろんな価値観に触れさせたいなと思います(*^-^*)

 

《著者紹介》

作:レオ=レオニ

1910年オランダのアムステルダム生まれ、イラストレーター、グラフィックデザイナー、および絵本作家として、米国でもっとも活躍した芸術家のひとり。作品には、”Little Blue and Little Yellow"、カルデコット賞次点で当社邦訳発行の「ひとあし ひとあし」(Inch by Inch)「スイミー」「フレデリック」「アレクサンダとぜんまいねずみ」。「せかい いち おおきな うち」(児童図書スプリングフェスティバル賞およびBIB金のリンゴ賞)「さかなは さかな」や、1964年最優秀作品としてアメリカ図書館協会の指定をうけた”Tico and the Golden Wings"など。

 

訳:谷川俊太郎

1991年東京生まれ。詩人として活躍、また絵本や記録映画の脚本も書く。1952年に第1詩集「二十億光年の孤独」を刊行、近作には、エッセイ集「んまであるく」詩集「はだか」、「女に」などがある。

※絵本より引用

【作:レオ=レオニ 訳:谷川俊太郎 出版社:好学社】

 

 


せかいいちおおきなうち―りこうになったかたつむりのはなし

 

 

シェルパのポルパ エベレストにのぼる

 

安全にヒマラヤ登山をするのに欠かせない、ヒマラヤの麓で生活している山岳民族の

 

シェルパのお話。

 

高地で田畑を耕し、ヤクなどの家畜を飼育しながら、登山シーズンになると、

 

観光客の荷物を運んだり、登山のサポートをしながら生活している。

 

毎日ヒマラヤの頂を見上げながら、いつか自分も頂上に登ることを夢見て、

 

荷物運びの仕事をしている。毎日重い荷物を背負って、氷河の入口まで、

 

行ったり来たりし、足腰もきたわってきた。でもここから先は特別な技術がなければ、

 

進むことが出来ない。いつかこの先へ行ってみたい。この先の景色をみてみたい。

 

そしてついに夢を叶える時がやってきた。

 

崖を自分の体ひとつで登る練習を重ね、そして命綱となるロープの縛り方を覚え、

 

雪の斜面を登ることができるアイゼンをはき、ピッケルを使う練習もした。

 

春になりベースキャンプの一番のりをして、テントを張る。

 

氷河の先は、はしごやロープを使いながら、落ちて来る氷や、氷の谷間に気を付けながら、

 

慎重に歩みを進める。山頂に近づいたころ、吹雪に見舞われ視界を遮られる。

 

体力も消耗してきているが、あともう少し。

 

真夜中ヘッドランプの灯を頼りに、一歩一歩進む。

 

次の瞬間雲海の上に、エベレストのかげが見えました。夜明けです。

 

ここより高い場所はないのだとポルパは思いました。

 

ついに夢にみた頂上についたのです。

 

涙が自然とあふれ出し、うれしさで全身がふるえます。

 

ベースキャンプに戻ってくると、テントの中で温かい食事と仲間が待っていました。

 

命がけの登山。読んでいると、一緒に険しい登山をしながら、

 

今を生きているんだという時間が、心の中にじんわりと湧いてきます。

 

厳しく、苦しい時間を耐え、たどり着く先に、どんな景色が広がっているのか。

 

それは実際に登ったものにしか味わえないのかもしれませんが、

 

ポルパが経験する時間を一緒に共有しているような気持ちになりました。

 

自然とともに、強く生きるシェルパの物語です。

 

《著者紹介》

文:石川 直樹(いしかわなおき)

写真家。絵本に『富士山にのぼる』(アリス館)、『アラスカで一番高い山』(福音館書店)など。

 

絵:梨木 羊(なしきよう)

イラストレーター。本書が初の絵本作品。

※絵本より引用

【作:石川直樹 絵:梨木羊 出版社:岩波書店 】

 

 


シェルパのポルパ エベレストにのぼる

 

 

 

ぶんぶくちゃがま

 

日本中で語りつがれている昔話。いくつかのお話のバージョンがあるようです。

 

いろんな作品を読み比べてみるのも面白いかもしれません。

 

茶釜に化けたタヌキは、お寺で千人のお茶会で、窯のお湯をついでは、

 

どんどん湧き水のようにお湯が沸きあがり、それはまろやかで美味しいお茶だと

 

評判になりました。和尚さんもこの茶釜をえらく気に入っていましたが、

 

あるひ和尚さんが一服しようと戻ってくると、なんと茶釜からしっぽがはえ

 

足がはえ、手が出て、タヌキが躍っていました。

 

これは化け物だと和尚さんは声を上げると、お坊さんたちが次々に集まります。

 

その瞬間茶釜はまた元のとおりに。

 

和尚さんは気味が悪くなり、その茶釜を道具屋さんに売ってしまいました。

 

道具屋さんも、こんな立派な茶釜はなかなかないとえらく気に入りました。

 

その晩、なにやら音がするので、様子を見に行くと、

 

また茶釜からしっぽがはえ、手足がのび、タヌキが躍っていたのです。

 

道具屋も化け物だと恐ろしくなり、知り合いの道具屋に売り、

 

次々に街中の道具屋をまわり、その茶釜のうわさを知らないものはいないほどになりました。

 

街中の道具屋たちはどうしたもんかと相談し、

 

そうだ見世物小屋を作って、茶釜たぬきに踊ってもらうことに決めました。

 

するとその茶釜を見に来たお客さんは、大変に喜び、大盛況となりました。

 

稼いだ大銭を道具屋みんなで分け合い、福を分け合ったということで、

 

ぶんぶくちゃがまと呼ばれるようになりましたというお話。

 

いろんなお話があるようですが、こちらの絵本は一貫して、

 

最初から最後まで、みんなが幸せになる、福をもたらす、茶釜のお話です。

 

なぜタヌキが茶釜になったのか、その部分のストーリはありませんが、

 

子どもは江戸の街並みや、茶釜がたぬきになったり、引っ込んだり、

 

踊ったりするのが愉快なようです。

 

最後はまた最初のお寺に戻って、床の間にお寺の大切な宝として、

 

飾られていて、みんなに愛される茶釜というストーリです。

 

とても明るいストーリなので、それが長く親しまれてきた所以なのだと思います(*^-^*)

 

《著者紹介》

文:香山美子(こうやまよしこ)

1928年東京生まれ。日本児童文学者協会日本文芸家協会・日本童謡協会会員。作品に「あり子の記」(日本児童文学者協会賞)、絵本「どうぞのいす」「おつきさまのとおるみち」「まちのパンやさん」「なーんのはながひーらいた?」「クマのおじさんのもり」詩に「おはなしゆびさん」「いとまきのうた」など多数ある。

 

絵:篠崎三朗(しのざきみつお)

1937年福島県生まれ。日本児童出版美術家連盟・東京イラストレーターズソサエティ会員。高橋五山絵画賞、現代童画ニコン賞受賞。作品に「あかいかさ」「おおきいちいさい」「いろいろサンタのプレゼント」「くじらのプワプワ」「なみだがボロロン」「光り堂」「かくえきていしゃのゆっくりくん」など多数ある。

※絵本より引用

【文:香山美子 絵:篠崎三朗 出版社教育画劇

 

 


ぶんぶくちゃがま (日本の民話えほん)

どろんここぶた   *アーノルドローベル

 

お百姓さんの庭のぶたごやに住んでいるこぶたは、

 

食べることも、裏庭をかけまわることも、寝ることも大好き。

 

でも一番好きなのは、どろのなかに静かに体をしずめていくこと。

 

お百姓さんの夫婦は、こぶたをとても可愛がっていました。

 

あるあさ、おばさんが大掃除をしようと、最初は家の中を綺麗にしていましたが、

 

おうちの中がすっかり綺麗になると、今度は外が気になり、

 

牛小屋、馬小屋、鳥小屋、そして最後にぶたごやの大掃除です。

 

なんとこぶたの大好きなどろを掃除機で全部吸い上げ、どろだらけのこぶたを

 

お風呂に入れました。

 

こぶたは大好きなどろがなくなり、たまらなくなり家を飛び出してしまいました。

 

しばらく歩くと、沼を見つけ、こぶたは嬉しくて、飛び込みました。

 

こぶたは気持ちよく眠っていると、前から沼にいたいろんな生き物が、

 

こぶたを追い出しました。

 

こぶたはまたどろんこをもとめて、ひたすら歩きます。

 

汚いところならどろがあるんじゃないと、今度はゴミの集積場へ迷い込みます。

 

ゴミはたくさんあるのにどろは見つからず、また歩き出しました。

 

すると大きな街に出て、ここは空気も汚いので、きっと大好きなどろに出会えると

 

期待が膨らみます。

 

どろんこはすぐにみつかり、しずかに体を沈めていくと、

 

気が付けばやわらかいどろが硬くなり、それどころか手も足も動かせません。

 

どうやらどろだと思っていたのはセメントだったようです。

 

街の人々はセメントづけになってしまったこぶたを見に人だかりができています。

 

お百姓さんの夫婦は大切なこぶたを探して街までやってくると、

 

あまりに人が集まっているので、ちょっと見に行くとうちのこぶたがいました。

 

すぐに消防に連絡して助け出され、お百姓の夫婦はまたぶたごやの前にどろをつくり

 

ましたというお話。

 

子どもの頃の宝物を思い出した時に、牛乳瓶のフタだったり、かわいい絵柄のついた

 

ティッシュだったり、どんぐりだったり、何時間も大切に丸めたどろだんごだったり、

 

ねりけしだったり、大人からしたら、時には汚くて、

 

ゴミのような、価値がないように思えることがあります。

 

こぶたさんにとっては、どろんこがなによりの至福の時。大好きなもの。

 

お百姓さん夫婦のこぶたへの愛情が、こぶたの大切にしているものを大切に

 

しようとしてくれているところに、あらわれていて、読んでいてほっこりします。

 

そして子どもの時代に戻ったような懐かしい気持ちがします。

 

子どもが読んだら、ちょうどこぶたさんと同じ目線で楽しめる一冊だと思います(*^-^*)

 

【作:アーノルド・ローベル 訳:岸田衿子 出版社:文化出版局

 

 


どろんここぶた (ミセスこどもの本)

せつぶんのおに

 

節分の日も近くなってきました。

 

私の子どもの頃には恵方巻はまだなかったように思うのですが、

 

最近は、恵方巻を食べるのが楽しみになっています笑

 

子どもの頃は、『おにはーそと、ふくはーうち』という言葉を、

 

なんとなく意味がわかるようで、わからないまま豆を投げる、

 

そして年の数だけ豆を食べるという行事を、毎年楽しんでいました。

 

この節分の風習は室町時代から始まったと言われているそうです。

 

こちらの絵本はせつぶんの鬼、豆まきの由来がわかる絵本です。

 

むかし、ふくという器量の良く、働き者の娘がおり、大きな岩を動かせたものを、

 

ふくの婿にするという札を父親が立てると、

 

村の人々が大きな岩を動かそうと必死になりますが、

 

岩は大きく、びくともしません。

 

それを見ていた鬼が若い人間の姿に化け、簡単に岩を持ち上げ、ふくをさらっていきます。

 

隣に住んでいた青年が、ふくを助けに鬼のいる岩屋へ向かいます。

 

鬼はお酒が好きなようで、お酒を呑ませ寝ている間に、

 

ふくと一緒に逃げ帰ろうとしますが、鬼が気づき、すぐに追いかけて来て、

 

ふくの家にあと少しでたどり着く時、鬼に追いつかれ、鬼と青年で、

 

ふくをひっぱりあい、外の騒動に気が付いた父と母が家から出てきて、

 

豆を鬼に投げ、ふくはうちにはいれーと叫びながら、鬼を追い払い、

 

青年とふくは幸せに過ごしましたというお話。

 

日本の伝統の行事のひとつひとつにも、由来や歴史があり、

 

子どもに分かりやすく節分の行事の由来を教える絵本です(*^-^*)

 

今年も、自分の中の邪気(鬼)を払い、福を呼び込みたいと思います!

 

《著者紹介》

文:常光徹(つねみつとおる)

1948年高知県生まれ。国立歴史民俗博物館名誉教授。民俗学の著作に『学校の怪談口承文芸の展開と諸相』(ミネルヴァ書房)『しぐさの民俗学』(角川ソフィア文庫)『折々の民俗学』(河出書房新社)、子どもの本に「学校の怪談」シリーズ(絵・楢喜八/講談社)『妖怪図鑑』(絵・飯野和好)、紙芝居に『ふしぎなうろこだま』(絵・二俣英五郎/ともに童心社)などがある。

 

絵:伊藤秀男(いとうひでお)

1950年愛知県生まれ。絵本に『海の夏』(ほるぷ出版)[小学館絵画賞]『うしお』(ビリケン出版)[JBBY賞]『けんかのきもち』(文・柴田愛子)[日本絵本賞大賞]『タケノコごはん』(文・大島渚/ともにポプラ社)[日本絵本賞]、紙芝居に『なぜ、おふろにしょうぶをいれるの?』(脚本・常光徹)[五山賞画家賞]『なきむしあんちゃ』(脚本・やえがしなおこ/ともに童心社)などがある。

※絵本より引用

【文:常光徹 絵:伊藤秀男 出版社:童心社

 

 


せつぶんのおに (おばけ・行事えほん)

 

 

 

うらしまたろう

 

 

いじめられていた亀を助け、助けた亀の背中に乗って、竜宮城へいき、

 

ごちそうと、美しい乙姫の舞と、お酒と、見たこともないような美しい竜宮の景色の

 

中で3日間過ごしたうらしまたろうは、すっかり今までの苦しい暮らしや、

 

日常を忘れ、非日常の世界に、身をゆだね、楽しみます。

 

3日も経つ頃、うらしまたろうは自ら、元の場所へ帰りたいと乙姫に告げ、

 

乙姫からおみやげに玉手箱をもらいます。

 

かつて暮らしていた村に戻ってみると、なんと3日どころか300年の月日が経っており、

 

誰一人うらしまたろうのことを知っているものはいませんでした。

 

開けてはいけませんと言われていた玉手箱を開けると、

 

たちまち老人になってしまったというお話。

 

子どもの時には、楽しくて、不思議で、最後がちょっと衝撃的な印象を残す物語でしたが、

 

大人になって読みかえしてみると、奥深さを感じる作品です。

 

昔から限りある時間を生きる者として、不老不死への憧れ、欲だったり、

 

老けや、衰えることへの不安を人間はずっと抱いていたのだなと。

 

これは時代が進んでも変わらない願い・悩みなのかもしれません。

 

また、竜宮城へ行ったときには、日常の苦労や、生活から逃避し、

 

経験したこともない贅沢三昧を3日ばかり堪能しますが、

 

たった3日で遊んで、贅沢する暮らしに飽き、竜宮城を離れる決断にでます。

 

苦しくてもコツコツと自分の手で得た幸せ、喜びこそが、

 

本来人間のあるべき姿とうらしまたろうは考えたのかもしれません。

 

与えられる幸せではなく、本当に満ち足りた人生とは、

 

自分で選んで、努力して、手に入れた幸せなのだと言わんばかりに。

 

そして戻ってみると300年の時がたっており、最後は一瞬にして老人となってしまう。

 

大切な人生の時を、一瞬にして失ってしまったたろう。

 

あのまま玉手箱を開けなくても、老人にはならないけど、

 

そのまま誰も知らない村で生きていくか、竜宮城に戻るかしかなく、

 

元の幸せな生活は戻って来ないまま。

 

うらしまたろうは、本当の幸せとは何か?

 

何の変哲もない毎日の尊さを教えてくれる絵本です(*^-^*)

 

【文:おおかわえっせい 絵:むらかみこういち 出版社:ポプラ社

 

 

 


うらしまたろう (むかしむかし絵本 20)