酒井駒子さんの子どもに向ける優しい視線が大好きです。
家族みんなで川あそびに来たゆーちゃん。
ゆーちゃんは、足元に飛んできただいだいいろのちょうちょうが目につきます。
家族のいる川とは違う方向へ、ちょうちょうが飛んでいきます。
ゆーちゃんはきれいな、ちょうちょうを追って草の茂みにはいっていきます。
ちょうちょは草はらの上をすいすいと泳ぐように飛んでいきます。
ゆーちゃんはそれを追いかけて、腰まである草むらをかきわけながら、
ずんずんと奥へ進んでいきます。
長い葉っぱ、丸い葉っぱ、ギザギザの葉っぱが、足をこちょこちょとくすぐります。
スーとした臭いがします。
風がザーッと音をたてて拭きました。
草はらはまるで海の波のように揺れています。
お腹も、肩もその中に沈んでいきます。
草の上に出ているのは、帽子と顔だけ。
背の高い草に取り囲まれてしまいます。
葉っぱたちはだまって見下ろしています。
ちょうちょが見えなくなりました。
ピョーンとバッタさんが飛びついて、またどこかへ行ってしまいました。
動いたらピシっと葉っぱがほっぺをぶち、泣きたくなり目をギュッとつぶりました。
急に色んな音がいちどきに聴こえてきました。
遠くの方で川がシャラシャラ歌います。
そのときママが『ゆーちゃん、何しているの?』と笑っていました。
子どもの時夢中になって木登りをして、思った以上に高く感じて怖くなって、
降りられなくなったこと。
前へぐんぐんと歩いてきたけど、振り返ったら、さっきまで一緒にいたお友達が
いなくなっていて、急に心細くなった時のこと。
買いものいった時に、ママを見失い、泣いたこと。見つけられた時のホッとした気持ち。
そんな子供のころの淡い日常の一コマを思い出しました。
風が吹いて、草が漂う雰囲気や、子どもが一心に見つめる姿など、
子どもの純粋無垢な表情が見事です。
文:加藤幸子(かとうゆきこ)
1936年、北海道生まれ。子どものころから生き物に親しみ、現在も小説を書きながら野外での動植物の観察を楽しむ。主著に『夢の壁』(1983年 第88回芥川賞受賞)、
『長江』、『家のロマンス』、『〈島〉に戦争が来た』(以上、新潮社)、
『蜜蜂の家』、『茉莉花の日々』(ともに理論社)、『鳥よ、人よ、甦れ』(藤原書店)、『ナチュラリストの生きもの紀行』(DHC)などがある。
絵:酒井駒子(さかいこまこ)
1966年、兵庫県生まれ。東京芸術大学美術学部卒業。絵本に『よるくま』、
『金曜日の砂糖ちゃん』(2005年ブラティスラヴァ世界絵本原画展金碑、ともに偕成社)、『きつねのかみさま』(2004年日本絵本賞、ポプラ社)、『よるくま クリスマスのまえのよる』、『BとIとRとD』(ともに白泉社)、『ぼくおかあさんこと…』(文溪堂)、『こりゃ まてまて』(福音館書店)など。
※絵本より引用