中国に伝わる昔話。
ある村にトーリンという青年が住んでいました。
トーリンは、毎日山に行き、だんだん畑を作り、それはそれは働き者でした。
ある夏、汗を流しながら一生懸命働いていると、ひとつの汗が地面にこぼれ、
岩のくぼみに落ちました。するとそのくぼみから緑のくきが伸びてきて、
真っ白なユリの花が咲きました。ユリの花は風にのって、
美しい歌声を奏でていました。
するとある日、ユリの花が踏み倒されているのを見つけ、トーリンはユリの花を
大切に家に持ち帰りました。
15夜の晩に、ユリの花から美しい女性が現れ、それからトーリンと娘は、
一緒に山で働きました。夜になると小さな灯の下で、トーリンは竹かごを編み、
娘は刺繍をさしました。朝から晩いまで二人は仲良く働きました。
二人の暮らしはやがて豊かになっていき、働き者だったトーリンは、
遊んで暮らすようになりました。娘は一人で働きましたが、ある満月の夜に、
娘は金鶏鳥の背中に乗って、飛び立ってしまいました。
トーリンはますます怠け者になり、生活はみるみるうちに苦しくなっていきました。
売るものもなくなって、最後に床にしいていた一枚のむしろを売ろうとめくると、
下から娘の刺繍が出て来ました。 それはトーリンと娘が仲良く、
二人で仕事をしている幸せな風景が刺繍されているものでした。
トーリン自分を恥じて、毎日朝か晩まで、一人で働き続けました。
突然あかりがパッと明るく花ひらくと、そこに娘が立っていました。
金鶏鳥の羽ばたく姿がとても美しい絵本。
何事もうまく行っている時には、人は何も疑問に思わないし、
怠惰になっていくもの。
トーリンの汗からユリの花が咲いたので、ひょっとしたら、
ユリの花から出てきた娘は、もう一人のトーリンだったのかもしれません。
心にいつもいいものを飼う。心を手懐けるのは、いかに難しいことか。
それが出来て初めて、私たちは本物の幸せを手に入れるのかもしれません。
いつも大事なものは、すぐそばにある事。もうすでに持っていて、
自分の中にあるもの。失って初めて気が付くのだろう。
《著者紹介》
再話:君島久子(きみじま ひさこ)栃木県に生まれました。慶応義塾大学卒業、
都立大学大学院修了。武蔵大学教授をへて、国立民族学博物館教授となる。中国民族学、文学を専攻、特に民間伝承および児童文学を研究。中国、東南アジア、日本を含めた広いアジア地域での比較研究をすすめています。1965年,「白いりゅう黒いりゅう」(岩波書店)、1983年、「中国の神話」(筑摩書房)で共にサンケイ児童出版文化賞を受賞。また1976年、「西遊記上・下」(福音館書店)で日本翻訳文化賞を受賞しました。
そのほか「ほしになったりゅうのきば」「たなばた」「しんせつなともだち」(福音館書店)、「チベットのものいう鳥」「王さまと九人のきょうだい」(岩波書店)、
「アジアの民話」(講談社)、「月をかじる犬」(筑摩書店)など多数の著訳書があります。大阪府在住。
画:赤羽末吉(あかば すえきち)1910年東京に生まれました。1959年、日本童画会展で茂田井賞受賞。1965年、「ももたろう」(福音館書店)、「白いりゅう黒いりゅう」(岩波書店)、1968年、「スーホの白い馬」(福音館書店)で、それぞれサンケイ児童出版文化賞。1975年、小学館絵画賞と国際アンデルセン賞特別賞、またブルックリン美術館絵本賞。1980年、それまでの絵本の業績に対して、国際アンデルセン賞画家賞を受賞。1982年には、東ドイツのライプチッヒ国際図書デザイン展で教育大臣賞および金メダル賞受賞。1983年にはイギリスのダイヤモンド・パーソナリティ賞を受賞しました。
ほかに「つるにょうぼう」「したきりすずめ」(福音館書店)、「源平絵巻物語・全十巻」「絵本よもやま話」(偕成社)などがあります。1990年没。
※絵本より引用
【再話:君島久子 画:赤羽末吉 出版社:福音館書店】